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夢中の人、努力の人
2014年10月07日

夢中の人がいた。歌を歌うのが好きで好きでしょうがないという人だった。いつも歌っていて、音楽の学校にも行って、何年もプロを目指していたけれど、結局それは叶わなくて歌の歌い方を子供に教えている。一番の理想は叶わなかったけれど好きな歌を歌えて幸せに生きている。

夢を叶えたくてそれをするのか、それともそれをするのが好きだから夢を描くのか。両方を分けられるものでもないけれどバランスはある。夢中になっている人をみて努力の人は”努力して素晴らしい”と評価するかもしれない。努力か夢中かは本人の主観による。同じように外から見て主観でどちらかを判断する。

努力の人は取引をしている。夢を叶える為に努力する。夢が叶えば報われた事になる。そして夢が叶わなかったら報われなかった事になる。プロセスは結果によって評価される。未来志向で、いつも意識は先にある。頑張りきれればもちろん素晴らしいけれど、もし頑張っても頑張っても夢が叶わなかった時、あれだけやったのになんで僕は私は報われないんだという言いようの無い思いが残る。

夢中には先は無い。とにかく今ここだけがある。究極は報われなくても構わないと思っている。夢中でそれができているその瞬間が既に幸せとしてリターンを産んでいる。本当の信仰は報われなくても構わないという事ですと坊さんが言っていた。幸せになる為に信じる人は、どこかでやはり計算している。

努力で一生懸命だった時、子供時代の写真を見て夢中で走っている自分の姿を見て、ふと我に帰った事がある。好きな事をやれている、目指すものがあり日々が生き生きと輝いている、という時点で既に報われていると思った。

今この瞬間を精一杯生きている人の力は強い。

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