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生まれと育ち
2018年09月12日

トップアスリートには、生まれながらに優れた才能を持っているからなれるのか、それとも素晴らしい環境で育ったからなれるのか。例えば陸上競技は他の競技に比べ遅く始めてもチャンピオンになることがある。過去に18才以降に競技をはじめて、金メダリストになった例もある。持って生まれた身体能力に影響されやすい競技と考えられる。卓球は競技開始年齢が5歳を切ることも珍しくない。複雑かつ繊細な競技なので、後天的に追いかけても適応が間に合いにくい。競技によってこのバランスも違う。

とはいえはっきりと言えるのは、環境要因は絶対に0にはならないということだ。特にコーチングの影響はとても大きく、レベルが高くなればなるほど、基礎的な身体能力より技能やメンタル面が勝負に影響し始める。そこに強く影響を与えているのは、コーチや育成システムである。

データをとると、GDPと競技ができる人口でメダル獲得要因の半分ぐらいが説明できるのだそうだ。人口がたくさんいれば才能をもった人間がいる確率も上がり、国に余裕があれば強化にお金が使える。巨視で見れば、西欧諸国が100年前からスポーツで先頭を走ったのは1900年代あたりで圧倒的に裕福だったからという説明が一番しっくりくる。3、40年経てば欧州よりアジアの方がメダルを取っている可能性が高いと私は思っている。実際に中国はもうそうなりつつある。

生まれはコントロールできない。モンゴロイドは寒冷地に適応するために表面積が大きくなっている。陸上でいえば、なんども足を引き上げ前方方向に運ぶので、ひざ下の末端が軽い方が有利だ。ところが、私もそうだがモンゴロイドは下腿部(ふくらはぎ)が太くなる傾向にあり、そのような選手は下腿部が重い。重ければ前方に運ぶ時にエネルギーの消費が大きい。末端が軽いケニア人などの方がどうしても有利になる。この特徴が向いている競技ももちろんあるが。

一方で育ちはコントロールできる。先進国はどこもそうだが、人口がそれほど急激に増えなくなる。その際に私は価値観を転換すべきだと思っていて、つまりメダルを何個取ったかよりも、その国の育成システムによりメダルを取った選手が何人いるかに集中した方がいいと考えている。もし他の価値観を全く排除しひたすらにメダリストだけを生み出したいのだとすれば、日本生まれで育成が海外の選手が多い場合、日本ができる努力はたくさんの子供を産んで才能を持つ子が出てくるのを待つだけだ。一方で日本の育成で育つ選手が多い場合は、日本のみならず海外からも選手が訪れ、結果激しい競争が生まれより多くの選手の可能性が拓かれることになる。もはや育成に国別という考え方は当てはまらない。テニス選手の出身地はいろいろだが育成地はずいぶんな確率でフロリダになっている。

生まれはコントロールできないが、育成システムは洗練させることができる。成熟とは、より多くの人(国籍問わず)の可能性を開くことができる社会や仕組みを生み出すことではないかと私は考えている。

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