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年始のご挨拶※メルマガ第15号より
2018年01月05日

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

年末にローザンヌにオリンピックミュージアムを見学に行って来ました。ローザンヌは試合で何度も行っているはずなのですが、不思議とミュージアムには行く機会がなかったので、今回初めての見学になります。
常々IOCの中でフランス語がずいぶん重要視されているのを不思議に思っていましたが(由来から考えるとギリシャ語でもいいのでは?)、今回ミュージアムを見学し、今更ながらなぜかわかりました。

私たちが知っている近代オリンピックの成り立ちは一人のフランス人貴族から始まります。クーベルタンと呼ばれていたその人は、国の将来を憂い、若者の教育に力を入れていました。自分自身もスポーツ好きであったクーベルタンは、次第にスポーツを通じて若い人々の教育を行うという発想を持つようになりました。
あちこちに行き、いろんな情報を手に入れていくうちに、徐々に発想は膨らみ世界中を巻き込んでスポーツ大会を開けないかと考えるようになります。

巷ではスポーツイベントが流行り始めていて、徐々に古代ギリシャのオリンピックというものが注目され始めます。クーベルタン伯爵にもその情報が届き、調べてみるとこれはどうもよさそうだと考え、徐々に近代オリンピック開催に向けて動き始めます。いろいろ大変なこともあったのだと思いますが(この辺は飛ばしました)仲間数名の協力も得て、ついに近代オリンピックが開催されることになります。

私はオリンピックミュージアムで、このオリンピック誕生時の情景を頭に浮かべながら、自分の三度のオリンピック経験を重ねて考えていました。陸上を始めた小学生の時、ソウル五輪でベンジョンソンとカールルイスの対決があり、いつかはあそこで走ってみたいと夢見てきました。そしてついに舞台に立った時の感動と緊張たるや今思い出しても鳥肌が立つほどです。
25年の競技人生でずっとオリンピックは意識されていましたから、ある意味で私の人生の三分の二はオリンピックによって突き動かされていたと言えます。

そのオリンピックが、偶然とまでは言いませんが、一人のフランス人貴族の発想で誕生していたわけです。クーベルタン伯爵と古代オリンピックは何の関係もありません。
もちろんクーベルタン伯爵が復活させなければ誰かが古代オリンピックを復活させていたのかもしれませんし、または別の名前のスポーツ大会がいずれ行われていたのかもしれません。それはわからないのですが、少なくとも一人の発想がなければ、クーベルタン伯爵と古代オリンピックが結びつかなければ、今の形とは違っていた可能性が十分にあるわけです。

どうせ自分が夢中になっていたレースは、誰かの手のひらで転がされていたんだよ、と冷めたことを言いたいわけではありません。
私の人生ではオリンピックはイベントというよりも、歴史上ずっとあって、これからも永遠に続いていく何か神聖なものというイメージでした。そのオリンピックが始まりも個人の発想で、また時期が来るといずれなくなるかもしれない人工物であったというのが、考えてみれば当たり前のことなのですが、私が勝手に抱いてきたオリンピックのイメージが壊されてとても晴れやかな気分になりました。
オリンピックだって作れるんだから、これから何か世界中を巻き込めるものが新しく生まれてもおかしくありません。日本から生まれるかもしれないわけです。

昨年からDEPORTARE PARTNERSというサービスを始めましたが、その根源は私の原体験である”なぜ私はあんなにスポーツに夢中になったのか。そしてなぜ夢中のさなかの自分の幸福感はあんなに高かったのか”を理解したいという欲求から生まれました。オリンピックもすごいですが、結局は舞台装置に過ぎず、本当にすごいのは何かに熱狂し、熱中する人間自身ではないかと考えています。
今年もライフワークである「人間を理解する」ということを進めつつ、少しでもスポーツを通じて社会に貢献できればと思っています。

※本コラムの転載はご自由にどうぞ。

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