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辛い体験と期間
2017年12月14日

多くの人が語るように、ある時期の辛い体験は短期的には苦しくても、長期的には人を身体的にも精神的にも成長させるというのは正しいと思う。身体においては、一定の負荷がかかりそれに反応して適応するために変化する。このプロセスをトレーニングと呼ぶ。また自分の経験を振り返っても、競技人生で自分を成長させたのは怪我や、スランプ、敗北を思い出す。自分の殻を破るのはいつも短期的に辛い体験だった。

ただ、この辛い体験がある期間を超えて慢性的になると、成長とは逆に自分を壊してしまうことがある。筋肉痛になってもそれを無視してトレーニングし続けると、いずれ関節や筋、腱に深刻なダメージをもたらし、怪我を抱えてしまう。ややこしいのは自分が壊れるほどの長期間の負荷はマイナスだが、その手前であれば極めて高いトレーニング効果を得られることだ。

では、いったいどの程度の期間が良いのか。これがわからない。人によれば数年にわたる怪我を耐えきることもあるし、もっと短い期間でモチベーションがきれてしまうこともある。また粘り強さが災いして、痛みを堪えすぎて身体的に回復できないほどまで追い込まれることもある。競技時代にあれだけ精神的にタフだった選手が、引退して社会に適応できず悩むこともある。何がその人にとって辛いことで、どこまでが耐えきれないのかは、周りも含め本人にすらわからない。

私の競技時代にも、辛い体験が続いたことは多々あったが、だいたい見ていたのは朝の鏡での自分の表情と、グラウンドについて仲間と会った時の気分だった。1週間ずっと表情が優れず仲間と会っても盛り上がらない時は、一定期間グラウンドを離れて好きなことをして過ごした。それが私にとっての回避方法だったが、あのまま突っ込んでいたらもっと先に違う次元に登れていたのか、それとも壊れてしまったのかは今でもわからない。

はっきりと言えるのはともかく辛い体験は人を成長させるということだ。これは強調しておきたいが、期間と質が混濁している人が多い。問題は慢性的に蓄積されていったことなのに、質を下げようとする。練習時間を短くして強くなった選手はたくさんいるが、トレーニングの負荷を減らして強くなった選手を私は知らない。この二つを混同すると選手はただ弱くなる。

また、別の側面になるが、負荷が長期間にわたることを選手が想定し始めると(練習などで、100本走ることがわかっている状況など)、無意識にその期間保つように力をセーブし始める。いくらコーチが最初から全力で行けといっても、人間はちゃんと経験から学習し適応する。最初は個人の意志の問題だと思っていたが、長い間競技を見ていると、意志ではどうにもならない問題だと感じたので、もし力を短期間に出させたければ、練習そのものを短期間にしたほうがいいと思う。

適切な辛い体験の期間はどの程度がいいか。個別さがあり、なんとも言えないが、名コーチと言われる人たちは例外なくこのさじ加減がうまい。そういう意味では、良きメンターに様子を見てもらえる人は限界の近くまで到達し、飛躍的な成長を得られる確率が高いのではないかと想像している。

 

 

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