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洗練された基本
2017年09月13日

昔、水泳選手と話をしていてフォームの話になった。何気無くその選手がその場でほんのちょっと水を描く仕草をしたときに、肩甲骨から手先までの連動がなんとも言えない美しい動きをして、感動したことがある。

最近ようやく仕事がちょっとわかってきたところで、ある点を突き抜ける人とそうではない人は何が違うんだろうかと考えると、誰にもできないすごい技ができる人というより、みんなもやっているような当たり前の行為のレベルがとても高いのではないかと感じている。

例えばメールひとつとって、さらっと書いたように見えて無駄なものがひとつもなく、かつ足りないものもないメールを送ってくる人がいる。しかも、とても印象が良い。ある情報を伝えるという点において、メールなんてもはや誰でも使えるだろうが、それでも行き着くところまでいけば全然違う世界がある。

昔英語が喋れるようになりたいと思っていて、ああ喋れる人は羨ましいなとみんなを見ていたが、今めちゃくちゃながらも一応会話ができるようになってくると、ああ、英語ができるというのにはネイティブであってもさらに違いがあるのだなとわかるようになってきた。考えてみれば当たり前で、日本人でも村上春樹と一般人の言葉のレベルが違うように、喋れることは入り口でしかなくてその奥には深遠な世界がある。

これができるようになりたい。これができるんです。と言っている時、一体どの程度できるということを指しているのか。使えるようになりたいということか、うまくなりたいのか、それとも芸術的な域に達したいのか。それはどこまで行きたいのかに影響されるように思う。会社内で仕事ができるようになりたいのであれば、その程度の、世界で勝負したいのなら、その程度の、必要とされる技がある。

息子が戦隊モノが好きなので、必殺技をたくさんみるが、派手な必殺技を見ながら、社会においての必殺技は、誰もが毎日行うことを全く違う次元できることなのではないかと思った。1試合に数度出てくる必殺アッパーよりも、恐ろしく洗練されたジャブを何気なく繰り出す選手の方が私は怖い。

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