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勝負弱い心
2015年08月26日
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どんなスポーツもレベルが低いうちは身体能力や技術の方が勝負に影響するけれど、レベルが高くなってくるとそういったもので差がつきにくいほど力が拮抗してくるので、当日のパフォーマンス発揮率というものが勝負に影響してくる。かなり乱暴に身体能力と技術と発揮率を説明すると

98(身体能力+技術)×100%(発揮率)=98(勝負強い)

100(身体能力+技術)×95%(発揮率)=95(勝負弱い)

と言えると思う。勝負強ければ普段の実力は劣っていても、結果として勝つ確率が高い。陸上競技は言ってしまえば4年に一回の五輪と2年に一回の世界陸上さえ取ってしまえばあとは負けていてもチャンピオンである。反対に全部勝っていたとしても本番に負けてしまえば敗者となる。だから勝つべき時に勝てる方が圧倒的にいい。

さて勝負の時に、なんらかの理由で崩れてしまう人が勝負弱い人だと思うのだけれど、一体その時に心の中で何が起きているのだろうか。

勝負弱い人は決して勝つ意欲がない人ではないと私は考える。むしろ有り余るほどの意欲があり、うまくやろうとする意思もある。ところがその意欲がむしろ空回りして自分の動きを制限してしまう。勝負弱い人はつまり”うまくやろうとしすぎる人”である。

うまくやろうとしすぎる人は、自分に対しての期待値が高い人で、そういう人は意識的すぎるほど自分を意識している。うまくやらねばならないという思いが、自分の動きの一つ一つをまるで審判のようにジャッジしてしまい、結果として全体のダイナミズムがなくなり動きが小さくなる。卒業式で人前で歩く時、普段は意識をしていない腕や足や表情を意識してしまってぎくしゃくする、あれである。動きは意識されない時がもっとも自然に動く。

勝負弱さをどう克服していいのか私にはわからない。私も勝てない時に一番難しかったのは”忘れること”と”意識しないこと”だった。勝負に負ける時は、どこかに自滅の側面があった。自我と自意識が強ければ強いほど期待値が高ければ高いほど、自滅しやすいと私は思う。

生粋の勝負師の心境はわからないけれど私が意識していた勝負時の心境は、ある種の諦めに至ることだった。いつも広島の小学生だった時の自分を思い出し、今自分が持っているものは全部かりそめだと思うようにしていた。元々何もなかったんだから、今はバーチャルな舞台の上みたいなもので、どうなってもいいんだから思いっきり演じてやろうと走る時に夢中になれた。一回心中で死んでしまえば、心は自由になる。

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