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恩がわからない人
2015年02月12日

いやらしい話をしようと思う。世の中は一つ一つがちゃらになるようなことばっかりではなくて、お願いしますといった頼みごとや、仕方ないなという頼まれごとが結構ある。貸し借りというもので、だいたいこのぐらい借りているかがわかり、それをどこかで返すという類のものだ。

この感覚が仕事には大事なんだなということが最近分かってきた一方で、この感覚がない人に恩を売った時の、貸した時のリターンのなさったらない。こっちはまずはそちらに貸しますよというつもりでやっていても、相手が借りていることに気づかない。だからやってもやっても返ってこない。日常のただの親切であればそれでいいのかもしれないけれど、仕事だとちょっとこれでは苦しくなる。次第にその人に頼まれても受け流すようになる。

あなただからやったんですよということがわかってくれないと、敢えて言わないといけなくなる。けれどもこれは恩を貸しているんですよということほど野暮なことはない。だから普通は貸してみて返ってこない人には段々貸さなくなる。つまり人が寄ってこなくなり、頼みごとを引き受けてもらいにくくなる。人間、フェアな人といた方が居心地がいい。

この人は貸してくれたなという感覚がわかるためには、世の中がどんな理屈で動いているか、または一体そのことがどんな意味を持つのか、いったいそれがどれだけ大変なことかを理解しないといけない。選手時代、人が資料を作ってくれることにたいして気を使わなかったけれど、自分でやってみて感謝するようになった。誰かが紹介するということはある種の信用貸しなのだけれど、これを他人にするようになり、意味がわかるようになった。

自分は誰にどれだけ借りているんだろうか。金の話なら数字でわかるけれど、信用や恩義の話だと難しい。わかんないから気にせずいればいいと思って気楽に生きていても、一旦仕事を始めるとその不義理が響いていてくる。失った信用はなかなか回復するのに時間と労力がかかる。僕は数年しか社会の経験がないから、もしかしてずっと回復しないかもしれない。

いやらしい話、おごられたことを覚えている若者を私は優遇する。仕事ができるかどうかはわからないけれど、そいつはたぶん信用できる。

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