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空気を扱う
2016年05月22日

昨日、越後妻有で田植えをしたのだけれど、夜の飲み会で得意の説教が飛び出した。歳も38になると、説教を抑えるのが年々難しくなってくる。

昨夜の説教は空気についてだった。三省ハウスという廃校を利用した宿舎でご飯を食べて、なんとなくそのまま飲み会に流れ込んでいったのだけれど、うまくみんなが輪になっていない空気が漂っていた。俯瞰してみると、テーブルが2列目の前にデンと並んでいて、向かい側の人と3mぐらい差がある。これだと話すのに声を張らないといけないから、気を使って向かい側の人と話さなくなる。

そのあとテーブルを一列にしてみた。そうすると向かい側の距離が1,5mぐらいに縮まって、向かい側の人とも会話が生まれるようになって、30分ぐらいするとみんな語り合う様子があちこちに見られなかなかよい空気になった。お酒の力もあるだろうが。

うちの会社はメディア事業とこどものかけっこ教室の二つに分かれている。メディア事業と呼んでいる方はいろいろとやっているのだけれど、ようは、面白いものを見つけてきて、文脈を変え整理し、伝える。この三つをやっている。もともとは自分を使ってこれを繰り返しながら知名度を獲得していくプロセスで学んだことを他のものに応用している。

このメディア事業をやる上で、絶対に欠かせないのが空気を読む力だ。今世の中に漂っている空気はどんなものか。この会場を包んでいる空気はどんなものか。目の前で起きていることはあくまで表象であってその奥にある空気を考える。空気が読めない人間は人の心に響くポイントがわからない。人間はあくまで空気によって促されていて、その先に自らの意思と行動があると私は考えている。人間は社会的な動物である。

その空気をひたすらに考えている会社の社員が、目の前のテーブルの幅に気づけないというのは結構まずいと思って、それで説教をした。目の前にあるものが自分の力では変えられないと考えるな。場の空気の責任はすべて自分にあると思え。常に働きかけろ、空気を搔きまわし続けろ。と、説教した。

気が収まらない私はその後新幹線でも説教を続けたが、一本日本酒を空けた頃には自分が何を言っているのかすらよくわからなくなってきて、気がついたら東京駅についていた。それで朝起きて、何が言いたかったのかを思い出したので、ここに書いておくから、三宅、読んでおくように。

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